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東京地方裁判所 昭和31年(レ)89号 判決

控訴人 熱海平和タクシー株式会社

右代表者 沢口五郎

右代理人弁護士 山本政喜

〈外一名〉

被控訴人 佐藤保夫

右代理人弁護士 宮崎悟一

主文

原判決を取消す。

本件を東京地方裁判所に移送する。

事実及び理由

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人から控訴人に対する台東簡易裁判所昭和二八年(イ)第二六四号貸金請求和解事件の和解調書に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の、事実上の陳述、証拠の提出援用、認否は原判決事実摘示記載のとおりであるからここにこれを引用するが、当裁判所は職権を以て判断し以下の理由によつて主文のとおり判決すべきものとする。

(一)  本件訴は起訴前の和解に対する請求異議訴訟であるが、右訴の第一審の管轄は訴額に従い当該和解をした簡易裁判所又はその所在地を管轄する地方裁判所に専属するものと解するのが相当である。蓋し右の如く解することは、訴額に従い審級を分ち軽微な事件を簡易裁判所に処理せしめることとした法の建前に合致するからである。

(二)  尤も右訴の管轄についても民事訴訟法第五百六十条によつて判決に対する請求異議訴訟の管轄規定である第五百四十五条第一項が準用され、右訴は訴額に拘わらず和解をした簡易裁判所の管轄に属し、且第五百六十三条によつて右管轄は専属であると解せられるのが一般である。しかしながら起訴前の和解は訴訟前の独立した手続であり訴に基くものでないから、右第五百四十五条に規定する「第一審の受訴裁判所」の意味をその字義どおりに解すれば起訴前の和解に対する請求異議訴訟の場合には右の意味の第一審受訴裁判所は存しない。又仮に右第一審の受訴裁判所の意義を訴訟が係属するとすれば第一審として審判すべき裁判所と解し得る余地があるとしても簡易裁判所が必ずしも右の意味で第一審の受訴裁判所とならないこともいうまでもない。(或は右の意義を当該債務名義を形成した裁判所と解し得るとすれば正にその意味では簡易裁判所が第一審の受訴裁判所となるわけであるが、かように解することの字義に著しく反することは控訴審に至つて債務名義の形成された場合を考えれば明白である。)従つて右第一審の受訴裁判所の意義を如何に解しても起訴前の和解に対する請求異議訴訟の管轄については第五百四十五条第一項の規定は準用の余地なきものというべきであるが、これを実質的に考慮しても同様である。即ち右第五百四十五条において判決に対する請求異議訴訟の管轄を第一審の受訴裁判所と規定した実質的な理由とされていることは(イ)嘗て実体上の請求権の存否につき審理をした裁判所をして審理せしめれば労力、費用、時間等の節約を図り得て審理に便宜でありその迅速を期待し得(ロ)且審級の秩序を維持することによつて裁判の適正の要求をも満たし得る等のことであるが、嘗て実行上の請求権の存否については審判をした同一の部若しくは裁判官が常にこれに対する請求異議訴訟を審理することは不可能であり、又必らずしもその必要がないと解せられているのであるから右(イ)の理由は異別の裁判所として取扱わしめることによつて生ずる記録送付の手数を省き得るという点においてのみ肯定し得るに過ぎなく、元来根拠に乏しいものというべきである。しかも訴の係属と云う手続の前提があり得ない起訴前の和解に対する請求異議訴訟の場合には尚更である。従つて前記(ロ)の理由がより考慮さるべきものといわなければならないが、起訴前の和解に対する請求異議訴訟の管轄を訴額の如何に拘わらず当該和解をした簡易裁判所と解するときは却つて右審級の秩序維持による裁判の適正の要求に背馳する結果となることは明である。以上のことは民事訴訟法第五百六十一条において仮執行宣言付支払命令に対する請求異議訴訟の管轄を訴額に従い右命令を発した簡易裁判所又は管轄地方裁判所と規定した法意に徴しても肯認できることである。そうとすれば起訴前の和解に対する請求異議訴訟の管轄については前記第五百四十五条第一項は準用されないものというべきであり、むしろ右第五百六十一条の場合と異別に解すべき理由はないから右規定の趣旨に準じても前示の如く訴額に従い当該和解をした簡易裁判所又は管轄地方裁判所の管轄に属すると解するのが相当である。

(三)  本件請求異議の訴は前示債務名義全部の執行力の排除を求める趣旨であり、従つてその訴額は右債務名義表示の債権額金九百十七万二千円であるから前示理由によつて原審は本来本件訴について管轄権を有せずこれを有するのは東京地方裁判所である。尤も前示の如く管轄を訴額に従つて分つことは裁判所法の一般原則を適用する趣旨であるから事物管轄については民事訴訟法第五百六十三条の例外を為し、従つて一般的には右管轄については応訴管轄を生ずる余地があり、且控訴審においては此の点に関する第一審の管轄違背を職権を以ても顧慮し得ない筋合である。しかして本件原審において被控訴人が管轄違の抗弁を提出していないことは記録上明らかである。しかしながら応訴管轄の規定及び控訴審において第一審の任意管轄違背を顧慮し得ないとの規定はいずれも主として訴訟経済上の便宜を目的としたものであるが原審においてその管轄の範囲を甚だしく超過する本件訴につき前示従来の一般見解に依拠して管轄権を肯定したものと推認し得る本件の如き場合においても、原審に応訴管轄が生じ且当裁判所において最早や前示管轄違背を顧慮し得ないとすることは著しく裁判の適正の要求に反する。換言すれば本件の如く著しく訴訟価額を超過し且つ其の内容も簡易裁判所の審理には全く適しないと認められる事件の事物管轄が専属でないにも拘らず専属であるとの誤解に基いて肯定せられたと解せられる場合に於て尚擬制でなく、単に反証を許さない趣旨の応訴管轄に関する推定規定によつて控訴裁判所が拘束せられ、或は民事訴訟法第三百八十一条本文が適用されると為すことは法律の管轄に関する根本目的に甚しく背反すると言うべきである。従つて本件においては前示各規定の目的に徴し、例外として適正維持のため応訴の推定規定の適用を排除して原審に訴応管轄が生ぜず、或は前記第三百八十一条本文に拘束されず且当裁判所において原審の前示管轄違背を職権を以て顧慮し得ると解することが相当である。蓋し、本件は前示の如く事物管轄が専属でないにも拘らず専属であるとして原裁判所に於て肯定せられたものと解せられ、且応訴管轄の規定或は前記第三百八十一条本文の規定は本件の如き場合には適用さるべきでないこと前述の通りであるから、結局本件は不当に専属管轄を認めた事となり民事訴訟法第三百九十五条第一項第三号に該当するものとなるからである。

(四)  よつて原判決を右管轄違背の点において取消し、本件を管轄裁判所たる東京地方裁判所に移送する。

(裁判長裁判官 安武東一郎 裁判官 鳥羽久五郎 内藤正久)

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